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歩道橋とけむり


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まち

歩道橋は道路を渡るためのものではない。

正確にいうと僕にとってはそれ以上の役割がある。

僕の通っていたのは一部で有名なマンモス学生寮のある学校だった。

どのくらいのマンモスさかというと、街のように群がる戸数の多さはもちろんのこと、学校内に車道があり、その中をバスが走るほどのもの。

その車道に歩道橋があった。

とはいえ住んでいるのは命知らずの学生ばかり、おまけに信号は無いし通行量も知れたものなので、その歩道橋を使ったことは一度もなかった。


きっかけは大学卒業の年、最後の春。

その日はバイトの仲間と最後の打ち上げ飲みだった。

時期も時期で誰ともなく卒業を前にした懐かしみから思い出話をはじめた。話題は件の寮の話。

壁がベニヤで隣の音がつつ抜けだった事、共同キッチンに誰かの豚足が放置されていて困ったこと、九時を過ぎると閉まってしまう共同浴場(一回170円)などなど。

そんな話で盛り上がった帰り道、僕達はその歩道橋を通りかかった。

聞くと誰も上った事が無いというので、最後の記念とばかりに階段を駆け上がった。

そこに広がっていたのはもうすでに見慣れたはずの風景の少し違った表情。

そのとき僕の心に浮かんだのは、新しい風景を発見した「喜び」と今までこの風景に気づいてなかったという少しの「後悔」。

それ以来、僕は行き詰ったりすると散歩に出かけ、あえて普段使わない歩道橋に上ってみたりする。

眼下には視点を変えると見えてくる、見慣れた街の、だけどちょっと違った景色。

それを見て、やり残したことはないか、もっとできることはないかと思えてちょっとポジティブな気持ちで前を向ける。

と、知人に話したところ「なんとかと煙は高いところが好きっていうからね」とツッコまれた。

そうか、けむりだったのか。

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